ラストギフト 前編

 

それは突然だった。
平穏でささやかな幸せだった日常を脅かす黒い影。
いつもの様に、愉快に楽しく授業をしていた時、見覚えのある黒服の男の存在が窓に映っている。
生徒達に動揺を悟られないよう、背中に冷や汗をかいていてもせいいっぱいの笑顔で授業を続ける。

(もう、限界かもしれない・・・・・・)

若王子は、半分覚悟を決める。
自分が原因で、生徒が組織の被害に合わないようにしなければならない。

(そうなる前に・・・ここを・・・・・・)

この人間らしい暖かい日常を手放したくはないが、この町を出て行かなければならない。
そんな時に心の中に浮かぶのは一人の女子生徒、鮎川淑江の顔が浮かんでくる。

何とか授業を終わらせ、昼休みになった。
職員室に戻る気にもなれず、化学準備室にこもった。

(はぁ、こんなことになるんだったら、彼女ともっと思い出を作っておけばよかった・・・いっそ、抱いてしまえば・・・って、
そんなことしたら余計に離れ辛くなってしまうな・・・)

 

「若王子先生! 失礼します!」
「大変や! 若ちゃん!!」
化学準備室のドアが乱暴に開けられる。西本はるひと小野田千代美が血相を変えて飛び込んできた。
「ど、どうしたんですか?」
「あんな、竜姉が黒服の男追っかけてぇな。戻ってこないねん」
「あ、黒服っていうのは、午前中に校門前にいた不審者です。竜子さんが問い詰めたら、不審者は逃げていきました」
「落ち着いて下さい。でも、なんでまた、藤堂さんは追っかけてるんですか?」
「それがな、黒服の男な、海晴の写真持ってたねん!」
(!! まずいな・・・)
「分かりました。多分、その男性は先生の古い知り合いです。僕がこれから話をしてきます」
「え、そうなん?!」
「心配しないで下さい。藤堂さんも僕もすぐに学校に戻るようにしますから」
「でも、何だか、屈強そうでしたよ。若王子先生、大丈夫なんですか?」
「なんかスパイ映画の敵の雑魚キャラみたいやったで」
「昼休みが終わるまであまり時間がありませんね。では行ってきます」
若王子は早足で校外へ出ていった。

 

5時限目が終わり、千代美、はるひ、密、淑江は神妙な顔つきで話し合っていた。
「なあ、どないする・・・竜姉戻ってけぇへんで」
「若王子先生も戻ってきてないみたいよ。5時限目の化学、自習だったもの」
「・・・・・・」
「どうしましょう?! 教頭先生に報告しますか?」
「竜子はどうでもいいけど、若王子先生は心配ね・・・」
「相変わらず密ちゃんは竜姉にはキツイなぁ。淑江・・・どしたん?」
先程から、困惑した表情で俯いて黙り込んでいる淑江にはるひは声を掛ける。
「わ、私・・・先生捜しに行く!!」
「淑江さん!」
いつものおっとりした彼女からは想像できないくらい、淑江は素早く校門に向かって走っていった。
「ま、待って! 淑江さん!」
密は淑江を追っかける。
「ど、どうしましょう・・・」
「あたしらも行くでっ!」
「ええ?! でも、授業は!!」
はるひが千代美の手をとって、密の後を追う。

 

 

密の携帯に着信音が鳴る。
「・・・竜子?」
「あんた、ちょっとさ、校舎裏に来てくんない? 今、あやしい男締め出そうと思って」
「ふーん、例の男?」
「そう、私だけじゃ役者不足だから」
「・・・わかったわ。あんた一人じゃ処理できないってことね」
「な! あたしは英語が分からないだけだよ。それであんたに頼んでんのさっ」
「そ、逃がすんじゃないわよ。すぐ行く」
竜子が何か騒いでいるが、密は電話を切って目的地に向かった。

「お兄さん、このまま突っ立ってるだけなら、あたしも見逃すんだけどさ。これを持ってちゃあね。黙ってる訳にもいかないんだ」
黒服の男は、わき腹を押さえながら竜子を見つめる。ただ、サングラスに隠された表情は何を言いたげなのか分からない。
「この写真の娘は、あたしの大事なダチなんだよね・・・さ、とっとと白状しなっ! あんた、淑江に何しようってんだいっ?!」
「竜子・・・」
「お、通訳登場」
「で、どうゆこと?」
「このお兄さん、あたしの言葉が分からないみたい。何にも言わないんだよ」
「そう、お兄さん、写真の理由を伺えるかしら。ことと次第によっては、私達、お兄さんに攻撃しちゃうかも」
不気味な微笑で、黒服の男に英語で詰め寄る。
「この人、あたしより恐ろしいよ? 白状しないと生きて国に帰れないかも」
竜子は日本語だった。
「ふふふ、さあ、洗いざらい話してちょうだい」
黒服は観念したのかぽつりぽつりと語りだした。

(若王子先生・・・飛び出してきたけど、どこをどう捜したら・・・)
そんな時、淑江の携帯が鳴る。
「淑江さん、今どこ?」
「密ちゃん。今、駅前広場辺り」
「じゃあ近いわね。いい、若王子先生は裏通りのショットバーにいるらしいわ」
「え?!」
「店の名前は・・・・・・・・・。いい、私たちが行くまで、中に入っちゃだめよ! 危ないから」
「う・・・うん」
「すぐに行くから待ってて」
淑江は電話を切って、一目散に目的地へ駆け出した。

 

例の黒服がらみの件は、過去に2回あった。
一度目は志波くんと先生がそんな会話をしていた。
二度目はデートのときだった。
待ち合わせ場所に行くと、黒服の男と先生は英語で険悪な会話をしていた。
事情はまだ、若王子から説明はされていないが、
先生にとっては”関わりたくない”人っていうのは解った。

(若王子先生・・・ダメ! いっちゃダメ!!)